
炎が見える薪ストーブは、宿主の趣味である。石油ストーブにはない柔らかな暖かさ。ゆらゆらと揺れる炎を眺めているときの 安らぎ。そんなものに惹かれていくうちに、すっかり虜になってしまった。
誰もがあこがれる薪ストーブだが、 実際使うには手間がかかる。電話ひとつで燃料が配達される石油ストーブとは違い、自分で薪を作らなくてはならない。 厳しい冬を乗り切る量を作るには、大変な労力と時間が必要だ。苦労して集める薪。しかし集めた薪の中には、燃やしてしまうには 惜しいものもある。
薪を割っていると、現れた木目が美しいことがある。そんなときも燃やしがたい。今度はそれで、額縁を作ってみる。木の皮をつけたまま、 ゆがんだ形や、枝分かれしていく部分も残したままの額縁だ。なんとも個性的な、世界にひとつしかない額縁が、廊下に飾られる。 でも個性的過ぎて、中に入れる写真を選んでしまうのが問題だ。
「ねえ、木をくりぬいて野性味あふれるプランターを作ってよ!」そう母ちゃんが言っても、「そうだねえ」と言うばかり。 木を見てその個性に合う作品のアイデアがひらめかないと、作れないと言うのだ。そういえば、音威子府に住んでいた偉大なる 彫刻家、砂澤ビッキ氏も同じようなことを言っていた。「作品を考えてから木を探すのではなく、木を見てどういう作品を作るのかを考える」 しかし偉大なる彫刻家は、すぐにアイデアが浮かぶ。でも宿主は、すぐにアイデアが浮かばない。考える時間が長すぎる。
「なまら蝦夷」の第5号、薪ストーブと宿主シリーズの第5弾です。「もう薪ストーブのことも、書く事が無くなったよ~」と言いながら、原稿締め切りまであと2日と迫り、何にも書けないで頭を抱えながら、ゴロゴロ薪ストーブの前で転がっていた私でした。「なんかネタない~?」と言っても宿主は、自分には全く関係ございませんといった顔。「書く仕事は母ちゃん」と、決め付けている宿主なのです。そのとき宿主は、薪材からペンたてを作るのに熱中していました。普段は何もしないのに、神の啓示があったのか、なにやら宿主は、取り付かれたようにペンたて作りに熱中していました。ということで、2年の猶予があったにもかかわらず、締め切り最終日に書き上げたのがこの話。「ペンたてはお土産用にしてもいいな」と宿主は言っているので、興味のある方は、泊まりに来たときに、ご覧くださいね。。。