出稼ぎに行かずに冬もサロベツで過ごすようになって10数年、宿主はずっと炎の見える耐火ガラス付きの薪ストーブを欲しがっていた。 とにかく薪ストーブが好きなのだ。石油ストーブは、味気ない。石炭ストーブは、なんだか刺すような熱さ。薪ストーブは、ふんわり、 やさしい暖かさ。薪がパチパチ音をたて、ゆらゆら炎を上げているのを見たくて、ついつい、ストーブの扉を開けて眺めてしまう。 この炎が人の心を魅了して放さないのだろうか。扉を開けなくても耐火ガラスから、常に炎が見えるストーブが欲しい。 欲しい、欲しい、欲しいーっ!!
そしてついに買ってしまった。バーモントキャスティングス社のアンコール。思いつづけて10数年。 1年で使い捨てのペラペラの鉄板ストーブなら100台以上買えるという、 なんとも高価なもの!そんなものに大金使わなくても、と奥さんは思うのだけど、とにかく薪ストーブとの暮らしは宿主の趣味の すべてだから仕方がない。春先に知り合いから薪の原木がど~んと届く。それを朝から晩までチェーンソーで切り、斧で割る労働が 1ヶ月以上続いても苦にならない人だ。割った薪を運んで積み上げて、夏の間、よく乾かしておく。そして冬になると今度は、 1週間分ぐらいずつ部屋の中に運び入れる。石油ストーブならお金がかかるとはいえ、電話一本で灯油をタンクに入れてくれ、 ボタン一つで好みの温度に保たれるというのに。
北海道のつかの間の夏は終わり、またまたストーブの季節がやってきた。朝、火を起こす前にせっせと宿主は耐火ガラスを磨く。そして、奥さんは、鍋を吹きこぼさないよう、やかんのおしりに水滴をつけないよう、やかましく言われる。まだ幼い子供たちが火傷しないよう、昼間は囲いをしているけれど、夜、子供たちが寝てしまうと、お客さんがいなくてもさっさと囲いをはずしてしまう。そして炎を眺めながら、ビールを飲んだり、本を読んだり、好きな音楽を聴いたりして安らかな冬の夜を過ごすのだ。
お客さんのほとんどはこう尋ねる。「やっぱりサロベツは、花の時期が1番いいんでしょうね」おそらくほとんどの人にとっては、そうかもしれない。 でも、一面の銀世界。外はどんなに寒くても、暖かく人を迎えてくれる薪ストーブのある冬もまた、宿主にとっては大好きな季節なのだ。
私は悩んでいました。 「なまら蝦夷」の事務局から、サロベツの観光案内の原稿以外に何でもいいからエッセーも書いて下さい、と言われていたのですが、何をテーマに書いたらいいのか思いつきません。北海道のガイドブックに書くのだから、何か旅のこと、サロベツのこと、書けばいいのだろうけど、旅は楽しい、サロベツは良い所だ、そんなありきたりなことは書きたくない・・・何を書こう・・・思い悩むままに半年が過ぎ、原稿の締め切りが迫る9月下旬になりました。
その日は風が冷たく気温も上がらず、夜になるとさらに冷え込みました。「さあ、今日は薪ストーブでも焚くか!」宿主はうれしそうに言い、およそ4ヶ月ぶりに薪ストーブに火が入りました。その炎を眺めながら私は思いました。ああ、普段の生活に戻った・・・。旅人であふれ、部屋の片隅にひっそりと薪ストーブがある短い夏が、実は私たちにとってはある意味特別な生活。薪ストーブの前で少ない旅人と過ごしている今が、普段の生活なんだなあ。そうだ、エッセーは、薪ストーブを通して、サロベツに住んでいる我々の暮らしを書いてみようか・・・。
こうして始まった、「なまら蝦夷」の「薪ストーブと宿主」シリーズです。これを書いた5年前は使っていたストーブ囲いも、子供たちが大きくなって、しなくなりました。「なまら蝦夷」の事務局から、「新刊を出しますから、また新しいエッセーを!」といわれるたびに、これからも何か薪ストーブにまつわる話を通して、サロベツに住む一家族の話を書いていきたいと思っています。