
「落ち着いて聞いてね」と電話の主から聞いたとき、「C」に良くないことが起きたんだと私はすぐに思いました。突然の訃報を宿主に伝えたら、夕食の配膳をしていた宿主は「足が…足が寒い」と言いました。呆然として、足が震えたのかもしれません。
「C」が初めてうちに泊まりに来たのは、宿主が宿を初めて2年目ぐらいのころ、宿主は20代の半ばで彼はまだ高校生でした。その後、礼文にあるYHでヘルパーをした彼は、ヘルパーを終えて島を出ると、うちにやってきて泊まりました。静かな秋のサロベツが好きだと言っていました。家庭を持ち、仕事が忙しくなって何年か来るのがあいた時期もあったけど、また毎年のようにやってくるようになって、結局は47年ぐらいの付き合いになりました。
うちの子供たちもずいぶんかわいがってくれて、息子が高校生ぐらいの時、息子を誘って、一緒にスノーシューでサロベツ原野を歩いたり、温泉に行ったりしました。ちょっと多感なお年頃だった息子は、まずお客さんと接することはなかったのですけど、「C」は構わず、「行くぞ」と誘ってくれました。どちらかというと息子は振り回された感じでしたが、息子がチーズやアイスが好きなことを知って、どっさり買ってきてくれたりしました。子供たちが独立して会う機会はなくなっても、来るたびに「子供たちは元気にしている?」と聞いてくれました。
長い付き合いの中で、宿主と「C」は言い争いもよくして、宿主は「うるさい!もう泊まりに来るな!!」なんていうこともありました。でもよく一緒に来ていた「Y」は横で泰然としていて、「はいはい、兄弟げんかはすみましたかな?」なんて言っていて、「C」は「ジョー!ジョー!!」と言って泊まりに来るのでした。
長兄のようだった「Y」が病気で亡くなったとき、「体に気をつけながら、楽しく長く生きよう。ジョーによろしく」と私にメッセージをくれたのは、ほんの2カ月前のこと。宿主は「本当にもう泊まりに来ないのか…」「俺より10歳以上も若いのに、俺より先に逝くなんて」と言っていましたが、「あいつは、幸せな人生を送ったんだ」「最後の最後まで、好きな場所で、仲間たちと楽しく過ごしていたんだ」「こんな幸せな死に方ってあるか?」と、自分に言い聞かせるように言っています。
改めて「C」の写真を見返してみると、夏も冬も、快晴の日も猛吹雪の日も、本当に楽しそうにしていて、「お前、仕事してんのか?」なんて宿主が言っておりましたけど、仕事も遊びも、全身全霊でやったのでしょう。突然のお別れで、奥さんや子供さんたちのことを考えると、本当に胸が痛みます。訃報を聞いて日にちがたつ方が、じわじわと胸に来ます。
ああどうか、向こうの世界でも「Y」とつるんで仲良く遊んでください。心よりご冥福をお祈りいたします。






